雪の多かった寒い日本の冬もようやく終わりを告げ、漂う空気の中にも甘やかな春の気配が、、、。
9月半ばから、日本滞在が、なんとすでに半年が過ぎようとしている。こんなに長く日本にいることは、めったにない。ここのところ体調がすこぶる悪いのは、湿気の多い日本の気候風土のせいなのか、、、。BIWAKOビエンナーレに向け日々を送る中、アンレイを思わぬ日はなく、、、。無論、近江八幡、また五個荘という土地を自ら選び、その風土ごと”BIWAKOビエンナーレ”という作品にしようとしている以上、この地に身を置くことは、必然ともいえるのだが。
アンレイでの日々は、何か特別なことがなくても、ちょっと町中を散歩するだけでも、いや、窓を開けて外の空気に触れるだけでも思わず知らず微笑がこぼれるのだけれど、、、。近江八幡も五個荘もとてもステキな町ではあるし、散歩できないわけじゃないけど、買い物などをするにも、いちいち駅前の大型スーパーにいかねばならず、アンレイやフランスの町が、すべての点で調和がとれているのに比し、商店街の疲弊どころか全く消失してしまっていて、どこに行くにも車が必要とされる地方都市に住むことは、フランスでの生活に喜びを見出す者にとっては少なからぬストレスになっていくのだろう。
そしてやはりパリでは日常化しているコンサートや、美術館巡り、最も愛する舞台芸術を見る機会が少ないのは、何よりもさみしい。
そんな中、今日は、久しぶりに、大感動を味わった。ヴェンダースの撮った映画”PINA”。
ピナ・バウシュの公演はパリで2度ほどしか見たことはないのだが、、、。それもいつもあまりの人気にすぐにチケットが完売になり手に入らないからにほかならない。オペラ座の団員を振付けたものも何度かみたりはしていて、彼女の生前の活躍をいつも頼もしく思っていた。偉大な彼女の公演を観ることは叶わぬ願となってしまった。
ヴェンダースの手によって、映画の中で蘇った彼女を見るのは万感胸に迫るものだった。映画は彼女の魅力を余すことなくとはいかないまでも2時間という集約された時間の中で、観るものの心を揺さぶる秀逸な仕上がりとなっていた。団員たちの多様な国籍も彼女のことを語ることによって知ることとなった。無論踊っているときには、国籍もわからないし、そんなものは超えて彼女をコアとしてカンパニーは、存在感あるものだった。彼女を偲び踊る彼らの胸のうちはいかばかりだっただろう、、、。
彼女が生涯を通して踊ることを通して表現しようとしたこと。言葉では表せないさまざまな思い、人として生まれ、死んでゆく不条理、人生の悲哀、孤独、声にならない叫びが踊りを通して、人間という肉体を通して狂おしいまで真摯に表現される。しかし踊っても踊っても踊ってもまだまだ、もっともっと、深く突き詰めなくては、、、。自分自身への問い、そして普遍とも思える人類そのものへの問い、、、。
”PINA" 彼女の生き様、人生そのものが美しい作品にほかならない、、、。